東京高等裁判所 昭和22年(特)1号 判決
原告が昭和十年二月一日その主張のような特許願を提出し、特許局で拒絶査定せられ、更に抗告審でも申立てたが容れられなかつたが、大審院で原告主張のような理由で、右審決を破毀して本件を特許局に差戻した処、特許標準局の抗告審では、昭和二十二年五月二十七日原告主張のような理由で再び原告の申立てを排斥したことは当事者間に間がない。
原告は右審決が誤つていると主張し、被告はこれを否認しているから、次に判断する。原告の本件出願の発明の要旨が、「二箇又は二箇以上のロツシエル塩結晶板と、これに連結した機械的振動子とからなりたち、ゴムのような弾性体をどこにも使用していない。この機械的振動子を外からの力で動すか、又は電気を加えて結晶が曲つた結果、機械的振動子を動かした場合に、結晶を曲げる力がなくなつたとき、機械的振動子を元の自由位置に戻す力は結晶板の弾力だけであつて、他の何物の力をも利用しないことを特徴としていることは、被告の明に争わないところである。
次に、原告主張の原審決が誤つているとする理由について順次判断する。
(一)(被告の主張に対する原告の反駁の(1)をも含めて)各その成立について争のない甲第一号証の一、二、第二号証によれば下記の事実をそれぞれ認めることができる。すなわち、米国特許第一、八〇二、七八二号の明細書及び図面の記載によれば、発電結晶体を利用した音響再生装置の発明に関する事項であつて、その発明の変形として示された総ての発電結晶体は、下端がシエラツク又はカナダバルサムのように固着材によつて台に取付けられ、上端は自由になつているもので、第八図と第九図とだけにこの自由端に機械的振動子を取付けたものとが示されている。しかしこの発明がその特許請求の範囲は音響を再生する装置に関するものであつて、その為の機械的振動子を取付けた例が、第八図及び第九図に示されていれば、機械的振動子を取付けない第三図ないし第七図に於ても、第八図と第九図と同様に、それぞれの自由端に音響再生用の機械的振動子を取付けるべきものであることは特に説明がなくとも自ら明なところである。従つて、第三図ないし第七図のような発電結晶体の上端に、第八図及び第九図と同様に機械的振動子を取付けたものは、明示されていないとはいえ、容易に実施することを得る程度に記載されていると認めるを相当とする。又引例の第六図及び第七図の結晶体素子が、それ自身音波の発生に役立つということは、右両図のものに機械的振動子を取付けて使用することをなんら妨げるものではない。更に、又原告の主張する同法第一一三条第一項の規定は、抗告審判官が、審査官の示さなかつた理由で出願を拒絶する場合について規定した規定であるが、本件の場合には、成立に争のない乙第一号証の一、二及び第二号証によれば、審決理由に引いた第六図と第七図については、原告に意見提出の機会を与えていることを認めるに十分である。故に、この点に関する原告の主張は理由がないものといわなければならない。
(二) 成立に争のない乙第三号証によれば、被告主張のように、審決は、中間電極が固定部まで延長嵌入していない第六図及び第七図を引き、これは結晶体の弾性のみによつて定位置を保持するようになつていると認めたのであるから、原審決は、原告主張のような違法の点もなく、大審院の上記差戻判決とも牴触するものではない。
(三)(イ) 一般に機械振動子をピツクアツプして電気振動に変換する装置は、原告のいう円盤レコード用のピツクアツプ以外のものでも広議のピツクアツプである。上記甲第一号証の一、二によれば、本発明は、機械振動を電気振動に変換する装置と、電気振動と機械振動に変換する装置との両方を含むことを意図するものであることを認むるを相当とするから、本発明を、機械的振動を電気振動に変換する装置をのみ対象としたものであるという原告の主張は採用するに由ない。
(ロ) (被告の主張に対する原告の反駁(2)の一部をも含めて)原告は、本願では聯接部分に電極が存在しないから結晶体の弾性のみで振動子の作動原点である定位置を保持せしめていると主張しているが、箔電極が結晶体の屈撓に及ぼす影響は極めて僅なものであるから、電極が聯接部分まで延長しているかいないかは、機械的振動子の作動原点である定位置の保持に影響を及ぼす道理はないから、この点に関する原告の主張は理由がない。もつとも、中間電極を設けることは本件発明の必須要件ではないが、前出甲第一号証の一、二と甲第二号証とによれば、二箇のロツシエル塩板からなる引例第四図以下の発電結晶体の外側電極は錫箔、中間電極はアルミニウム箔として考へた場合に、これと本願とは実質的の差異がない。その弾性を無視するか否やは別としても、電極ことに中間電極がどこまで延長しているかが実質上なんの影響もないことは上記説明のとおりであるから、第八及び第九図の機械的振動子又はこれにならつて第四図ないし第七図に取付けた機械的振動子の作動原点は、発電結晶体の弾性のみで保持されることは、本願と全く同じであると解すべきである。従つて、本願は新規の発明とは認め難く、この点に関する原告の主張も理由がない。
(ハ) (被告の主張に対する原告の反駁(2)の一部をも含めて)甲第一号証によれば、本願は特殊の聯接方法を含むものではなくて、たんに、結晶体に聯接した機械的振動子の作動原点が、ゴム等結晶体以外の力を借りることなく結晶体の弾性のみで定位置に保持されるようにした点が要旨であると解すべきであつて、他方甲第二号証によれば、右の点は上段で説明したように、本件の出願前に帝国内に頒布されていた刊行物、すなわち、米国特許第一、八〇二、七八二号明細書に明にされているのであるから、本願において、結合度が百パーセントであつて、スチフネス分が小さいならば、引用例においても異る理由はない。もつとも、引用明細書では固着材にシエラツク又はカナダバルサムを使つているが、これらの固着剤は二物体を接着している状態に於ては相当の固さを持ち、かつ、その層の厚さは極めて薄く、ゴム等とは異なつて、そのような弾性を呈さないものであるから、引用例第八及び第九図での機械的振動子の固着剤もゴム様の弾性を呈することなく、発電結晶体と機械的振動子とを一体に固着していると認むべきであるから、この点に関する原告の主張も採用することができない。
なお、被告の主張に対する原告の反駁の(3)に対し、甲第一号証によれば、原告の引用例には、それを訂正せしめて別異な発明を構成するような部分はなにも存在しないから、被告において、訂正ないし釈明を命令しなかつたのは当然で、この点についても被告には、なんのかしが存在せず、この点に関する原告の主張は理由がない。
果してさうだとすれば、原審決には原告主張のような違法の点はなく、原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し、主文のように判決する。
〔編註〕 原告の請求原因の要旨は左のとおりである。
原告は昭和十年二月一日「二箇又は二箇以上のロツシエル塩結晶板を組合せた発電結晶体の力の加わる方向における弾性を以て、之に聯接した機械的振動子の作動原点である定位置を保持せしむべくなしたピツクアツプ等類似の圧電気変換装置」を発明の要旨とする特許願を特許局に提出した。特許局審査官は審査の結果、右特許出願は、その出願前日本国内に頒布せられた刊行物「米国特許第一、八〇二、七八二号明細書」に容易に実施することができる程度に記載せられているから、特許法第四条第二号の規定によつて同法第一条の新規なる工業的発明とは認めることができないとの理由で、昭和十四年三月十六日拒絶査定をなした。原告は右拒絶を不当なりとして、同年四月十七日に抗告審判を請求したところ、審理の上昭和十七年七月十日に「本件抗告審判請求は相立たず」との審決がなされた。原告は右審決に対し大審院に上告したところ、大審院は審理の末昭和十八年八月十七日「原審決を破棄し、本件を特許局に差戻す」との判決を言渡した。その理由とするところは、下記のようであつた。すなわち、原審は本件特許願の発明の要旨は、単に二箇又は二箇以上のロツシエル塩板を組合せた発電結晶体の力の加わる方向における弾性を以て、之に聯接している機械的振動子の作動原点である定位置を保持せしめた圧電気変換装置に存するに拘らず、他方引用例の米国特許第一、八〇二、七八二号の装置は発電結晶体の弾性を以て振動子の作動原点である定位置を保持せしむべくなしているのみならず、同装置の中間電極の薄いアルミニウム箔をも同時に固定部(52)中に嵌入せしめた点で、右両者間には構造の差異があることを認定しながら、右両者の差異から生ずる作用効果に付いて差異があるかどうかを審理判断することなく、漫然本願発明は特許法第一条所定の要件を具備していないとして、本件の抗告審判請求を棄却したのは、審理不尽、理由不備の違法ありとした。特許標準局の抗告審は更に審理をした結果昭和二十二年五月二十七日再び原告の申立を排斥した。
(一)、右審決によれば、原告の特許出願の発明の要旨が上記の要旨のようであることを確定した上、これと同趣旨の装置は、上記米国特許第一、八〇二、七八二号明細書並びに図面に記載されていることが明白であるとして、引例の第六及び第七図並びにその説明書に示された発電結晶体は、何等中心弾性板を介して植立したものではなく、結晶体のみの弾性によつて定位置を保持するようになつているものと認められるから、本出願はこれから容易に実施し得られるものとするを至当とすると、説示している。しかし右第六図及び第七図はたんに圧電気結晶体素子だけを示したに止まつて、これに機械的振動子を聯接させてはおらないから、圧電気結晶体素子に機械的振動子を聯接するに当つて、果して発電結晶体の力の加わる方向に於ての弾性のみによつて、機械的振動子の作動原点である定位置を保持せしめるようにするかどうかは、全く解らないことであるから、右説明は誤つている。右審決は最初の審決の理由とは全く別個で、殊に、右第六図及び第七図については原告に対し拒絶の理由を通知し、これに対する意見書を提出する機会を与えなかつたのは、特許法第一一三条第一項の規定に違反するものである。
(二)、右第六図及び第七図に示されたものは、中間電極の下端が接着材中に嵌入され、もつて支持体に接着したものであるから、中間電極の下端を固定部に嵌入した第八図及び第九図の構造と同一構造のものである。従つて共に右接着材と支持体とが一体をなしている構造を有しているのであるが、本件の特許願のものはこのような構造を全く有しないものである。故に、このような構造上からくる両者の異同によつて生ずる作用効果について差異があるかどうかを審理判断しなければ、両者の異同を判定し得るものではないのに、原審決はこの点についてなんら審理判断をしていない。これはまた、本件を差戻した上記大審院の判決の覊束力をも無視したものである。
(三)、本件の特許出願の要旨と上記米国の特許第一、八〇二、七八二号の特許明細書及び図面に示されているものを比較すると、次のような重大な差異がある。(イ)後者は、録音器及び高声器に関するもので、電流から機械的振動に変換する装置に関するものであるから、機械的振動から電流に変換する装置である前者の「ピツクアツプ等類似の圧電気変換装置」とは全く異るものである。(ロ)前者は「発電結晶体の力の加わる方向における弾性のみを以て、之に聯接した機械的振動子の作動原点である定位置を保持せしめるようになした」ことを必要条件としている。その図面の示す構造によれば針(N)及び針挿入部分(H)の連続延長部(L)(これらが機械的振動子である)は発電結晶体(C1)(C2)に機械的に聯接しており(この聯接した部分が作動原点である定位置である)、この聯接した部分には箔のような金属薄板の電極(E2)はもとより(E1)も存在しないから、力の加わる方向に於て発電結晶体の弾性のみで、機械的振動子の作動原点である定位置を保持せしめていることは明瞭である。しかるに、後者の第六図及び第七図で示す構造では機械的振動子は聯接されていないから、これをどう聯接するかは全く不明である。その上に機械的振動子を聯接した第八図及び第九図によると、機械的振動子を取付くべき金具(67)は薄い金属板からなる中間電極(68)に取付けられているのであるから機械的振動子の作動原点である定位置は、該中間電極のみの弾性によつて保持せられていて、決して発電結晶体の弾性によつて保持せられているのではない。仮に右の金具(67)が中間電極(60)のみに取付けられたものではなく、中間電極(60)とこれを保持せしめた発電結晶体(50)(51)とに取付けられたものとしても、機械的振動子の作動原点である定位置は中間電極(60)及び発電結晶体(50)(51)の弾性によつて保持せられるものであつて、決して発電結晶体の弾性のみでは保持せられるものではない。第六図及び第七図に示す構造のものに対する機械的振動子を聯接するに当つては、第八図及び第九図に示すような聯接以外のものを想像することはできない。又第三図において引例発明の基本的体現を示し、第四図以下はその変形を示したものであるから、第六図ないし第九図で示されたものの中間電極も、第三図のもののように「アルミニウム」電極(13)と同一の構成であるべきは当然である。この「アルミニウム」電極(13)に関する記載は「アルミニウム電極(13)は比較的厚みは薄いが、結晶体(6)を拘束するに十分なる強度を有する程度のものたるべし」とあるから、右引例のものと、本願のものとは全く無干関のものである。(ハ)考案を実施する構造では多少類似するところがあつても、その現わす効果において著大な差異があるときは、別個な発明と解すべきであるところ、前者の結合度は実質的には百パーセントであるのに、後者のはせいぜい五〇パーセントにも達しないから、その変換能率の改善向上に著大な差異がある。
右(一)ないし(三)記載の理由で、右審決は誤つているから、これが取消を求めるため、本訴請求に及んだのである。